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2007年7月11日 (水)

Was mir die Liebe erzaehlt.

マーラー5番4楽章は美しい。この曲も同じようにゆったりとして美しい。
どうしてあんな美しい係留が考え出せだのか?音の重なりが生まれたのか?
でもこの世のものとかけ離れているわけではなく、私はこの曲を聴くと夕暮れの大空を連想するように、この世の当たり前の美しさを忠実に表現していると思う。

マーラーの3番は7つの楽章からなっている。
6曲目はたいへんゆっくりな美しい曲、たまたまテレビでやっているのを見た。
この曲もゆったりと美しく流れていく。
そしてこの6曲目のタイトルが、愛が私に語りかけること・・・・・

愛が私に語りかけていることはなんだろう?
たぶん私の今の状況はほかの人から見たらたいへん愛に満たされているんだろうなぁ。
理解ある寛大な夫であり父である主人、2人の可愛い子供達、新しい家、自分の勉強が続けられる環境、安定した家計、支えてくれる義理の両親、健在な私の両親。
でもどうしていつも何かを苦痛に感じてしまうんだろう?
ウィーンにいっているとき主人とちょっと話をしてみたけど彼は「もう昔からのくせみたいな
ものなんでしょうね」といった。
そうだったなぁ~ 割と苦労人で来ていた私だったので、主人とであって留学を一旦中断しウィーンを離れ日本へ戻る決心をしたとき「遠回りをするのではなく、わたしは愛や幸せを表現できるようになれるように彼との縁を結ぶために日本へ帰るんだ、もう苦しい恋はたくさん」と思ったんだった。
たぶん、やっぱり私は幸せのど真ん中で生活しているんだと思う。
娘の用もないのに「お母さん」と呼ぶ声、息子の周りの食い散らかされたパンくず、毎日繰り返される後片付けの山、娘の口答え、食事まで待てない息子の金切り声。
愛を知らない私は もしかしたら 愛の言葉も知らないわけで 愛の語りかけというのは
こういうことを言うのかもしれない。
うるさい、勝手にしてよ、と聴く耳を持たなかったのは私で 愛は私にいつも語りかけていたのかもしれない。
それにあたりまえに耳を傾けられるようになったら 私にも本当の愛が語りかけてくれる言葉が聞こえてくるかもしれない。

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