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2007年8月27日 (月)

ファミリーコンサート

天気予報があたらなかった、霧が晴れたら晴れるっていうのが定説なのに、お昼すぎても
晴れない、とてもメランコリックな日になってしまった。
出かける?めんどくさい、体がかったるい、人ごみに行きたくない、ゴロゴロ ウダウダと過ぎていく時間・・・・・・・・
と、娘が突然ピアノに向かい演奏を始めた、かなり現代チックな即興曲だ。
こんなこと、初めてのことなので主人と興味深く見つめ 耳を傾けた。
おもしろいことに、娘の演奏、ちゃんと強弱や曲想がついている、P(ピアノ、弱く)で弾くところは 私もピアノを演奏するときにするように「し~っ」と言いながらPの切り替える、自然にレガートに演奏する、そして F(フォルテ)が来る、バン!!と奏でる、演奏終了!!
どこで見たのか?主人と私の前まで来て おじぎをする娘、拍手喝さい~!!!

しかしながら音楽の強弱の理論がしっかり体に入っている、コレは人間の持つDNAのもともとの情報なんだろうか?
作曲、というか音の並び、強弱の論理は物理学なので上がるエネルギーが切れれば
下がってくる、エネルギーが満ちてくれば音はだんだん大きくなり、エネルギーを発散すれば音は静かになる、静けさが続けばまたエネルギーは満ちてくる・・・・・
ではF,Pとはなんだ?
恋人同士の小指と小指が触れ合うささやかな動き、コレはPか?Fか?
こみ上げる涙をこらえる体の振るえはFか?Pか?
ああ、音楽っておもしろい!


何にもわからずに しかし理にかなって弾いている娘を関心してみていた。

ではここでリクエストをしてみよう!
「今度はお星様の曲をお願いします」
娘「はい!」
ちゃんと高音部の鍵盤を選んで演奏を始める。
「次は象さんをお願いします」 低音域で弾いてくる、しかも手はぐうに握り、力強く
鍵盤をたたいている、すばらしいぞ!
本人も楽しくなってきたのか 自ら「次はカンガルーです」といってカンガルーの曲を弾く。
「次はうさぎです」「次はへびです」
どんどんでてくる。
ああ、これが自由ということなんだ。

6月のウィーンのゼミで、ヴィートマー教授がこういった。
「第一回のピアノのレッスンのあと、親が子供に今日は何を習ってきたのか?と質問をしたとする、子供がピアノと戯れるように中音域、高音域、低音域を行ったりきたり、
指はむちゃくちゃ、ときには叩くように弾く、すると親はこう思う、『いったい何をレッスンしてもらってきたの!!』
親は鍵盤で「ドレミ」をちゃんと弾くことを期待している、そして親の喜ぶレッスンをしてくれる先生を探す、
『ピアノはこう弾くのよ、先生の真似をして弾いて御覧なさい』
先生の言うとおりに弾く、先生の言ったことにのみ反応して弾く、子供は性格に鍵盤を叩けるようになるけれど これでは子供は先生や親の奴隷なだけで、子供自身の音楽の自由を奪っている、これは音楽ですか?」

私が 日本で仕事をしていた音楽教室の会社は早期音楽教育もしていて 私も2歳児のレッスンをサポートことがある。
やっていたことは 音楽のリズムや曲想を体で感じて表現する、も入っていた。
いろいろなクラッシックの音楽を お遊戯にならないように(ここがポイント!)
音楽を感じながら動きにかえていく。
私にはたいへん勉強になった。わが家では娘の小さいときからコレを楽しみながら音で遊んできた。
しかし幼児部になるといきなり鍵盤奏が入ってきて 指を動かすことに気を取られ
曲想を重視しなくなってしまう傾向になってしまった、というのが現状だった。
私はすでにウィーンでレッスンを受けていた頃だったので このギャップに疑問を抱いていた。グループでピアノのレッスンを習うというのは 無理である、断言しよう。
音楽は個性の競演だ。
自分にしか感じれない輝きを音にする、自分の体に流れる時間の中で演奏する、
自分に美しいことはなに?今日、今、素敵と感じることはなに?
それをいつもいつも感じること、それが音楽だと思う。

素敵な日曜日なりました。
娘がまた自分からピアノを弾いてくれる日が楽しみです。

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