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2007年8月 2日 (木)

存在意義

庭の土を平らにしてもらったところにすでに雑草が茂ってきているので 子供をベットに入れた後8時半くらいから、ドイツは十分明るいので雑草取りをしている。
一気にさきる広さではないし、根を詰めるといいことないので毎日ちょっとづつ取っている、・・・・・・・・・・・・・そして思う~

小学校の頃 学級の作文集のタイトルなどで「雑草」というのがあったなぁ~
「踏みつけられてもまた力強くはえてくる」という意味でつけられていたその名前。
漫画「僕の地球を守って」の中でも モクレンが雑草を取っている場面で
「雑草は自分が駆除される運命を受け入れて生まれてくる、駆除されるときに
悲鳴を上げるものはいないもはそのせい。運命を受け入れられず 泣きわめき散らすのは人間だけだ」というくだりがあったっけ・・・・・
雑草は少なからず人に迷惑をかける存在だ。空き地であれば彼らは存在を許されるけれど畑にしろ庭にしろ 邪魔者扱いされて除去されてしまう。
摘み取られても摘み取られてもはえてくるっていうのは 強いのではなく もしかしたら
あつかましいだけなのではないだろうか?
だとしたら、作文集のタイトル「雑草」は適当じゃあなかったんじゃないだろうか?
すべてのモノを美化して弱さを、けなげさを、したたかさだけを注目するのは間違いで、本質に注目した場合 雑草はやはり邪魔者でしかないのではないだろうか?
役に立たないもののしたたかさを取り上げて「雑草」というネーミングは やっぱり適当じゃなかったんじゃないだろうか?
でもそんな雑草にだって 生物として生きていく権利というのはあるはずだ。
生かされる土地でなら生きていけるのだから じゃあ人間も自分が生かされる土地でだったらおおらかにのびのびと自分らしく生きていけるということだろうか?
生まれ出でる場所が決まってしまっていて そしてそこから動くことができずじっと
運命の日のその日までをしかし生き生きとはえ茂り頭を高く上げながら待つ雑草は立派なのか?

自問自答を繰り返し 答えの出ぬまま雑草取りは今日も続く~

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