« 父の背中 | トップページ | OSTSEEにて~第一日目 »

2008年7月30日 (水)

愛をかける

・・・・・・ということで さっそく 土ぼこりまみれの玄関のドア、ポスト、呼び鈴、電灯、窓のサンを掃除してきました。

向こうから働きかけてこられない場合(ドアのこと)、こちらから一方的に愛を注ぐのは 片思いのようで 一向に愛情が通い合わないように思えるけど、でも やっぱり 只拭くのではなく
愛を持って、美しくなっていくものを愛でる様に接していると そのものを大事にしようという気持ちが育ってくるような気がする。
愛着、というけれど 愛が勝手に付着していくのではなく、自分でそのものに愛を付けていくわけだ。

日本で息子を連れて何度となく ご近所を散歩した。
ある日、妹のお友達のお母さんが彼女の家の前にいた、家に入ろうとするところだった。
私自身、社交性があるほうではないので できれば彼女を見なかったことにして 挨拶しずに通り過ぎれるかも・・・・・とも思ったのだけど、なんだか それではいけないような気がして ほとんど私達は彼女の視界に入ってなかっただろうけれど 「こんにちは」と挨拶をした。
簡単な近況報告など話をし、帰ろうとすると呼び止められ、棒ジュース5本を手渡された。
「小さい子が多いで 飲ませてやって」

数日後、息子のいつものコースを散歩していると 私達の後ろを歩いていた彼女から
声がかかった。
「この前は こちらが良かれと思ってあげたのに 返って余計な心配をお母さんにかけちゃって・・・・」
どうやら 母が彼女に棒ジュースのお礼として 近くの農家で採れたトマトをお返ししたらしい。そういえば、その2,3日前、息子と散歩に行くとき 母が何か袋に入れて出かける姿をみたけど・・・・あれがそうだったんだ。
「私は 声をかけてもらったのことが とってもうれしくってあんなことしちゃったのよねぇ。
本当に あなたのお母さんにはいつも気にかけてもらって おばさん嬉しいのよ」

ずーっと以前、かけても返ってこない愛情をかけるのは無駄だと思っていたときがあった。
できるだけ無関心を装うほうが 自分に楽だし損しないと思っていたときがあった。
去年くらいから、向こうから返ってこなくても 私が大事だと思える人には私が一方的であろうと愛を示そう、と思うようになった。
今回の日本滞在で、向こうは何もいえないけれど、実は愛をかけてもらいたい人、物があるのだということを・・・・・今更ながら・・・・・・改めて・・・・・・感じた。
物も、人も・・・・・歌だって、きっと同じ。

そして、たとえ自分にではないのに かけられた愛を返すことを忘れない母は、やっぱり
すごい人なんだろうなぁ・・・・・




 

|

« 父の背中 | トップページ | OSTSEEにて~第一日目 »

2008年日本滞在記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 父の背中 | トップページ | OSTSEEにて~第一日目 »