« SEEPFERDCHEN 5回目☆ | トップページ | 我を動かしているもの »

2009年4月14日 (火)

ご無沙汰しておりました。

3月21日、祖母の体調の悪化の連絡を受け、22日急遽日本へ飛びました。

母が祖母の主治医と話をしてくれたところ
「そういうことでしたら(ドイツから戻ってこようということでしたら)
まだ元気だけど、 話ができるうちに戻ってきていただいたほうがいいかもしれませんね」

10年ぶりの日本の春の日差し。
着いた頃はちょうど桜もチラホラし始めてていました。

見舞った祖母は酸素マスクをつけていて呼吸は苦しそうなものの 見た目は

「本当に病気?」

と思うほど顔色もよく元気そう。

一応4月4日にドイツに戻ることにしていた私は、とにかく 納得して帰るために
主治医と直接話をすることにしました。

病気が発覚した当初からの体内のレントゲンやほかの機材による写真をみさられての説明。

あの元気な祖母の体の内側は こんなになってしまっているのか?
腹水、胸水もすでに溜まっていて、呼吸が苦しいのは 肺全体がすでに癌に犯され
硬化してしまっているため。

「入院当初からすでにモルヒネ・・・ではないけれど 同じ作用をする薬を投与しているので
だんだん ぼーっとしている時間が長くなる、なので できるだけ早く会ったほうがいいと
判断しました」
と主治医。

そして
「お帰りになられる4月4日頃が 山だと思われます」

3月31日までぼーっとしている時間は増えてはいたものの、笑いながら3人のひ孫と一緒に笑っていたおばあちゃんの体調は 次の日 4月1日に急激に悪化。
4月3日深夜、永眠しました。

甘いものが大好きだったおばあちゃんに 桜餅や柏餅を小さく切って食べさせてあげたり、おおよそ 彼女が喜ぶであろう、また 望むであろうと想像できることは
すべてやってあげることができました。

4月12日、ドイツに戻ってきました。

ドイツは一気に春になっていました。
ドイツの景色を見た途端、祖母が亡くなったという実感がわいて来ました。
自宅でピアノを弾いた途端、祖母が永久にこの地上からいなくなってしまったことを
実感しました。
私の人生を支えてくれ 愛でていてくれた祖母は もうどこにもいない・・・・・・

|

« SEEPFERDCHEN 5回目☆ | トップページ | 我を動かしているもの »

私と日本の家族」カテゴリの記事

コメント

私はこちらに来るほんの2ヶ月に母方の祖父を亡くしましたが、亡くなる少し前は、親戚皆で開いてくれる結婚パーティーに参加してもらえるかなと思うくらい一旦はよくなりましたが、残念ながらその思い届かず・・・。
しかし、私の結婚を喜び、一度だけど夫との対面を果たすことができたのがせめてもの報いです(^^)
心からご冥福をお祈り致します。

投稿: ポッポ | 2009年4月14日 (火) 10時23分

ポッポ様>海外に嫁ぎながら 日本の身内の死を見取ることができたということは おそらく有難いことだったと思い、そういった判断を下さった主治医様、即日本へ行くことを了解してくれた主人をはじめ 諸々に感謝しております。お悔やみ、ありがとうございました。

投稿: ○さん | 2009年4月14日 (火) 11時41分

更新がぱったりなかったので、もしかして…と思ってました。そっかー。
でもお話できて、一緒にすごせてよかったね。
おばあちゃんも嬉しかっただろうね、きっと!

これからの人生、ますます誇りを持って。
○さんの一部は、間違いなくおばあちゃんから受け継いだものだから!

投稿: mico | 2009年4月14日 (火) 14時47分

Micoちん>ありがとうよ~ うるうる~!!

投稿: ○さん | 2009年4月14日 (火) 15時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« SEEPFERDCHEN 5回目☆ | トップページ | 我を動かしているもの »